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横浜地方裁判所 平成4年(ワ)1480号 判決

原告

望月雅敏

右訴訟代理人弁護士

鵜飼良昭

大塚達生

田中誠

被告

株式会社浜岳製作所

右代表者代表取締役

宮川隆

右訴訟代理人弁護士

岩出誠

右訴訟復代理人弁護士

外山勝法

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、九五一七万三七五五円及びこれに対する昭和六三年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二請求原因

一  当事者

被告会社は、板金、製缶、プレス加工等を業とする株式会社であり、原告(昭和一五年一月一七日生)は、昭和六〇年四月ころ被告会社に雇用され、昭和六三年一二月一九日当時、被告会社の圧造課に所属し、本社工場において、プレス作業に従事していた者である。

二  本件事故の発生

原告は、右同日午後一時五〇分ころ、本社工場において、三五〇トンプレス機(以下「本件機械」という。)で鉄板の打抜作業をしていた時に、上金型を装着したスライドが突然落下したため、落下した上金型が頭部に衝突し、上金型と下金型の間に右前腕を挟まれて、頭蓋骨骨折、頭部挫創、右上腕挫断創(切断)の傷害(以下「本件傷害」という。)を負った(以下「本件事故」という。)。

三  治療の経過及び後遺症

1  原告は、本件傷害について、昭和六三年一二月一九日から平成元年一月一九日まで倉田病院に入院し、(入院日数六三日)、同月二〇日から同年六月一六日まで同病院に通院して(実通院日数五九日)、それぞれ治療を受け、他の疾病で同病院に入院中の同年五月一八日にも治療を受け、昭和六三年一二月二七日に済生会平塚病院に通院し、平成元年一月一一日に満川眼科医院に通院して、それぞれ治療を受け、同年六月一九日から平成三年二月二〇日まで神奈川リハビリテーション病院に通院し(実通院日数一一日)、平成元年二月二八日から平成三年三月三〇日まで東海大学病院に通院して(実通院日数三〇日)、それぞれ治療を受けた。

2  しかし、本件傷害は完治せず、平成二年七月一六日、右上肢肘関節部からの離断、長さ五センチメートルの顔面部線状痕、頭痛、左耳鳴りの後遺症の症状が固定した。この後遺症は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一の障害等級第三級に該当するものである。

四  本件事故の原因

1  本件事故は、上金型に装着されたスライドが上死点に達する前に落下する(以下この現象を「二度落ち」という。)という機械の欠陥のために生じたものである。

2  仮に右事実が認められないとしても、本件事故は、本件機械の操作ボタンに原告の作業を補助していた外国人従業員(バングラデッシュ人)が誤って触れたか、あるいは原告にかかわりなく何かの拍子に何かの物が触れてスライドを作動させたために生じたものである。すなわち、本件機械には、作業者の手が上金型の下の危険限界に入っている時に操作ボタンを押すことがないようにするために、両手で同時に操作ボタンを押さなければスライドが作動しない構造の安全装置(以下「両手押しボタン」という。)が付けられていた。ところが、両手押しボタンで操作すると作業効率が落ちるので、被告会社は、従業員に対して「はしご」と称する道具を使って片手で両手押しボタンを操作するよう指示していた。

本件事故直前、原告は、「はしご」を使って作業をしていたが、下金型に鉄屑が挟まったので、「はしご」を両手押しボタンの上に載せたまま上金型の下に入って鉄屑を取り除いていたところ、その「はしご」に原告の補助者の外国人従業員が触れたか、あるいは何かの拍子に原告にかかわりなく何かの物が触れたため、スライドが落下したものである。

五  被告会社の責任

1  被告会社は、雇用主として、(1)本件機械のスライドが「二度落ち」しないようあらかじめ十分に整備点検をしておく義務があり、(2)従業員が「はしご」を使えばその「はしご」を両手押しボタンの上に載せて置き、その「はしご」に補助者が誤って触れるか、あるいは何かの拍子に何かの物が触れて機械が作動する危険があるから、従業員に対して「はしご」を使わせないように指導監督すべき義務があり、(3)プレス作業のような危険な作業の補助者には、両手押しボタンの上に置かれた「はしご」に誤って触れることのないよう、プレス作業者と意思の疎通ができ、かつ安全教育を受けた者を充てるべき義務があり、(4)本件機械に設置された光線式安全装置(上金型の下の危険限界内に身体の一部が入った時にはスライドが作動しなくなる安全装置で、以下これを「光電管」という。)を完全に作動するようにしておく義務がある。

2  ところが、被告会社は、この義務を怠り、(1)スライドが「二度落ち」する危険のある本件機械を原告に操作させ、(2)原告に「はしご」を使うよう指示し、又は原告が「はしご」を使っているのを容認し、(3)本件機械についての知識がなく、日本語の通じない外国人従業員を原告のプレス作業の補助者に充て、(4)光電管の電源スイッチを切り、又は原告が光電管の電源スイッチが切れたままで作業しているのに気付かなかったために、本件事故を生じさせたものであるから、本件事故によって原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

六  原告の損害

1  治療費 一四〇万一一七七円

2  付添看護費用 九二万七〇〇〇円

原告は、入通院の際付添看護を要する状態にあったので、原告の妻が休業してその付添看護に当たった。原告の妻は、右休業により右同額の収入を得ることができなかった。

3  入院雑費 七万五六〇〇円

一日一二〇〇円の割合による六三日分である

4  通院交通費 二九万〇七五五円

5  休業損害 五九三万〇〇〇〇円

本件事故日の翌日である昭和六三年一二月二〇日から症状固定日である平成二年七月一六日まで休業したことによる損害で、年収を原告の昭和六二年の収入額三七四万九二六五円と同額として算定したものである。

6  後遺症による逸失利益 六九六七万九二一八円

原告の後遺症による労働能力の喪失率は一〇〇パーセントである。

症状固定日の翌日である平成二年七月一七日から本訴提起日である平成四年五月二七日までの間の分として、年収を平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・全労働者の年齢階級別平均における五〇歳の平均年収五四三万七六〇〇円と同額として算定した五四三万七六〇〇円と、本訴提起日の翌日である同月二八日から六七歳までの一五年間の分として、右賃金センサスによる年収五四三万七六〇〇円を基礎とし、新ホフマン係数一〇・九八一を用いて中間利息を控除して算定した五九七一万〇二八五円との合計額である。

7  慰謝料 二一五〇万〇〇〇〇円

内訳

入通院分 二五〇万〇〇〇〇円

後遺症分 一九〇〇万〇〇〇〇円

8  弁護士費用 七〇〇万〇〇〇〇円

七  損益相殺等

原告は、本訴提起時までに、労働者災害補償保険から、障害補償年金二四二万六二〇〇円、療養補償給付金一四〇万一一七七円、休業補償給付金二五四万一六三〇円の合計六三六万九〇〇七円の支給を受けたほか、被告会社から、五二六万〇九八八円の支払を受けたので、これらを前記損害額から控除すると、その残額は、九五一七万三七五五円となる。

八  結論

よって、原告は、被告会社に対し、安全配慮義務の不履行又は不法行為による損害賠償として、九五一七万三七五五円とこれに対する本件事故日である昭和六三年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一、二記載の事実は認める。

二  同三記載の事実は知らない。

三  同四の1記載の事実は否認する。2記載の事実中、本件機械に両手押しボタンの安全装置が付いていたことは認め、その余は否認する。

四  同五の2記載の事実は否認する。

五  同六記載の事実は否認する。

原告の後遺症による労働能力喪失率は九二パーセントを超えることはない。

六  同七記載の事実は認める。

第四抗弁

一  過失相殺

原告は、プレス機操作の熟練者で、本件機械の操作上の危険や、その危険を避けるための安全装置として、両手押しボタンと光電管が設置されており、必ずこの安全装置を使わなければならないことを知りながら、被告会社が使用を禁止していた「はしご」を用い、かつ、光電管の電源スイッチを自ら切り、又はこれが切られていることを知りながら、本件機械の上金型の下に不用意に身体を入れて作業をした重大な過失により本件事故を生じさせたものであるから、本件事故は、原告の自傷行為ともいうべきものであって、被告会社には何ら安全配慮義務違反や過失といえるようなものはないが、仮にそれによる損害賠償義務があるとしても、その損害賠償額を算定するに当たっては右に述べた原告の重大な過失を斟酌して減額すべきであり、その減額の割合はどのように控え目にみても七五パーセントを下ることはない。

二  損益相殺

原告は、請求原因七記載の金員のほか、本訴提起時までに、労働者災害補償保険から、休業特別支給金八四万七〇二〇円、障害特別年金六四万一五五〇円、障害特別支給金二九九万一三〇〇円の各支給を受け、その後平成六年一二月までに、障害補償年金三六五万二七九一円、障害特別年金八四万八九七五円の支給を受け、又は受けることが確実である。さらに、平成七年一月から原告が六七歳に達するまでの間、障害補償年金として年額一五一万一五〇〇円、障害特別年金として年額三五万一三〇〇円の支給を受けることも確実である。したがって、過失相殺後の損害賠償額について右各支給金と請求原因七記載の金員による損益相殺をすれば、被告会社の賠償すべきものはなく、かえって過払になっているのである。

第五抗弁に対する認否

一  抗弁一記載の事実は否認する。

二  同二記載の事実中、本訴提起時までに被告会社主張の休業特別支給金、障害特別年金、障害特別支給金の各支給を受けたこと及びその後平成六年一二月までに被告会社主張の障害補償年金、障害特別(ママ)年金、障害特別年金の支給を受けたこと又は受けることが確実であることは認め、その余は否認する。

右のうち、障害補償年金以外の給付金は損益相殺の対象とはならないものである。

第六証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  請求原因一、二記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件機械の写真であることに争いがない(証拠・人証略)の結果、検証の結果と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件機械は、両手押しボタンを同時に押している間だけ上金型を装着したスライドが作動し、両手押しボタンを離すとスライドが停止する「寸動」という方法と、下死点付近(クランク角で一五〇度ないし一八〇度)まで寸動で作動し、その後は自動的に上死点に停止する「安全一行程」という方法のいずれかを切替えスイッチにより選択して操作することができるものである。

2  本件機械には、作業者がスライドの落下により負傷することを予防するため、両手押しボタンと光電管による安全装置が設けられていた(この事実は当事者間に争いがない。)。

しかし、両手を使って両手押しボタンを操作するよりも「はしご」を使って片手で作業する方が作業者にとって身体が楽であったり、光電管を作動させておくと材料その他の物が上金型の下の危険限界に入る度に機械が停止して作業が中断したりすることから、従業員は、「はしご」を使ったり、光電管の電源スイッチを切ったりしていることが多かった。光電管は、本件機械の主電源の鍵によっても作動させることができ、主電源の鍵は、本件機械に差し込んだままの状態で置かれていたので、その鍵を使って光電管の電源スイッチを切ることができた。

3  このため、被告会社では、安全管理者が、月一回以上の安全パトロールやプレス機械作業主任者に対する安全教育を実施し、プレス機械作業主任者が各従業員に対する安全教育を実施するほか、毎週月曜日には全従業員の参加による朝礼を実施するなどして、安全面の指導を行っていたが、さらに、昭和六〇年一〇月ころからは、元平塚労働基準監督署長の大野社会保険労務士の指導の下に安全対策の周知徹底を図ることとし、プレス機関係では、両手押しボタンによる適正な操作、光電管の使用及び光電管の鍵の適正な保管等を強く指導してきた。その結果、昭和六一年ころから、次第にその効果が現れ、圧造課課長の川口正春も、毎朝作業開始前に、各プレス機を見回って、光電管が作動状態になっているかを確認し、不作動の状態になっている場合には、スイッチを入れて作動状態にさせるようにしたり、「はしご」を見つけたときはこれを廃棄したりしていた。原告は、プレス機操作の熟練者で、本件機械を操作することによる危険の内容や、その危険を避けるために両手押しボタンや光電管といった安全装置が設置されており、必ずこの安全装置を使わなければならないことを十分知っていた。

4  原告は、本件事故当日、「安全一行程」にセットされた本件機械の下金型の上に、長さ約一二〇センチメートル、幅約三〇センチメートルの薄い鉄板二枚を載せ、可動性のある丁字型スタンドの上に置いた両手押しボタンの上に「はしご」を渡して、右手で鉄板を支え、左手で「はしご」を操作しながら、金型どおりにその鉄板を順次打ち抜くという作業をしていた。

本件事故当日の朝、川口課長が見回った際、本件機械の光電管は作動していたが、本件事故時には、光電管の電源スイッチは切られて作動していなかった(本件事故時に光電管が作動していなかったことは、当事者間に争いがない。)。

三  原告は、本件事故は、右作業の過程で、本件機械の整備点検不良によるスライドの「二度落ち」によって生じたものであると主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ、(人証略)により成立が認められる(証拠略)、同証人の証言と被告会社代表者尋問の結果によれば、被告会社は、本件事故直後に、この種の機械の点検整備業者の株式会社森鉄工所に対し、本件機械に「二度落ち」するような欠陥があるかについて検査を依頼し、同月二五日、同会社から、異常がない旨の検査結果の報告を受けていることが認められる。したがって、本件事故がスライドの「二度落ち」によるものと認めることはできないから、「二度落ち」によることを前提とする安全配慮義務違反及び過失の主張は理由がない。

四  原告は、被告会社が原告に「はしご」を使わせたこと又は原告が「はしご」を使うのを容認していたことを非難するが、具体的な事故態様としては、原告がそれを使って両手押しボタンを押したために本件事故が起きたのではなく、「はしご」は両手押しボタンの上に載せて置いたところ、その「はしご」に外国人従業員が触れたこと又は原告のかかわらない何かの物が触れたことにより本件事故が起きたものであると主張するものである。しかしながら、本件事故時に外国人従業員が「はしご」に触れたと認めるに足りる証拠はなく、むしろ(人証略)によれば、外国人従業員が原告の補助者としてなすべき仕事は、本件機械を挟んだ原告の反対側において、下金型に詰まった鉄屑を取り除いたり、プレスした製品を箱に入れたりすることであって、「はしご」に触れる可能性のある位置、態様で行うものではないと認められる。何かの拍子に何かの物が「はしご」に触れたとの主張についても、何がどのようにして「はしご」に触れたのかは全く明らかでなく、むしろ、当裁判所の検証の際に原告が指示した方法で作業をしていたのであれば、何かの物が「はしご」に触れることはないように思われる。また、被告会社に安全配慮義務違反や過失があるかどうかは、事故の態様との関係で論じられるべきものであるから、事故の態様が明らかにならない以上、抽象的に被告会社の安全配慮義務違反又は過失の有無を判断することはできない。したがって、「はしご」に外国人従業員が触れたこと又は原告とかかわりなく何かの拍子に何かの物が触れたことを前提とする安全配慮義務違反及び過失の主張は理由がない。

五  原告は、被告会社が光電管の電源スイッチを切っていたこと又は電源スイッチが切れていたことに気が付かなかったことにより本件事故が生じたと主張するが、本件事故当日の朝、光電管が作動していたことは先に認定したとおりであるところ、その後に被告会社又は第三者がその電源スイッチを切ったことは窺えないから、その電源スイッチは原告自身が切ったのではないかと思われるのである。そうすると、被告会社が光電管の電源スイッチを切ったことが安全配慮義務に違反するものであり、又は過失に当たるものであるとの主張は理由がなく、また、光電管の電源スイッチが当日のどの時期に切られたのかを確定することができないから、被告会社において、本件事故時に原告が光電管を作動させずに作業をしていたことを知らなかったとしても、そのことが安全配慮義務に違反するものであり、又は過失であるということもできない。

六  以上の次第で、被告会社に原告主張の安全配慮義務違反又は過失があるとはいえないから、この安全配慮義務違反又は過失のあることを前提とする本件請求は理由がない。

よって、本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 飯塚圭一 裁判官 柳澤直人)

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